麗かな憂鬱・時の鐘よ鳴れ

人生の時の時々の楽の調べ、詩、歌、声、旋律。記憶の瞬き、心の赴くままに。

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デヴィッド・ボウイ / セヴン・イヤーズ・イン・チベット DAVID BOWIE / SEVEN YEARS IN TIBET (1997年)

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私がジョン・レノンよりも好きで好きでたまらなくなったアーティストはデヴィッド・ボウイ。まだ中学生で14歳だった。あれから早いもので30年以上経てしまった。それでもどうしてもボウイが大好き!デヴィッド・ボウイとしてロック史に刻まれた数多くの名曲やアルバムたち。ボウイ史を4つか5つに分類できるほど、時代時代に重要な作品を発表し続けて来た、とてもアーティスティックなお方。ボウイについて語り出すと止まらない。また同時に私を思考に向かわせる。夢の世界であったり現実の恐怖の世界であったり。

1997年にボウイがリリースしたアルバム『アースリング』に収録されて、シングル盤にもなった『セブン・イヤーズ・イン・チベット(Seven Years in Tibet)』という曲が、ここ数年私の中でボウイの重要な曲の一つとして蘇ってきたのです。この同年にはジャン=ジャック・アノー監督による映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』も公開された。原作はドイツ人で元ナチス親衛隊(ナチ党員でもあった)ハインリッヒ・ハラーの自伝『チベットでの七年間』。刊行は1952年。ハインリッヒ・ハラーがチベットで過ごした7年間、ハラーと若きダライ・ラマとの交流を脚色を加えて描かれたもの。当然の事ながら、中国共産党は公開してほしくない作品なので、中国では上映禁止となった。主演はブラット・ピットやデヴィッド・シューリスという米英の有名な俳優たち。またダライ・ラマの母親役を演じたのは、ダライ・ラマの実妹ジェツン・ペマである。

私が「チベット」というお国の名を知ったのは小学生の社会の時間で白地図に世界の国々の名を埋めて行くテストもあった。これまでの私はヨーロッパの国々が好きで、アジアの国々の作品を鑑賞したり触れたりという機会とは圧倒的差異がある。ところが、ボウイのヒストリー本などを読む中に10代の頃にチベット仏教に傾倒していた頃があり、短期間ながらチベット僧としての修業体験もあるのだと知る。それ以来、チベットやチベット仏教は私に何かしらの影響を知らず知らずのうちに与えてくださっていたのかもしれない。当時はインターネットも無く、ニュースは新聞かテレビ。ましてやまだ10代の私には何も分からない事が世界で起こっていた。中国もまだ今のように経済大国ではなかったし、日本はバブルで世界の先端を走っていた頃のこと。

そんな日本もバブル崩壊後、景気は悪化。そんな折に左翼政権を生み日米同盟も揺らぎ始めた。追い打ちのように東日本大震災という1000年に一度とも云われる大地震と大津波によって日本の大切な東北が大きな被害に遭い、多くの犠牲を生んでしまった。原発事故まで起こり、司令塔が麻痺する菅直人政権という最悪の総理の折に不幸が重なる。尖閣諸島での日本の領海内での中国船との衝突事件。それ以来、やって来る頻度も規模も大きくなっている現状。中国は覇権主義の国、一党独裁の共産主義の国。何が日中国交正常化40周年だろう?正常化などしていない事が日本人にも分かって良かったのです。問題提起された石原慎太郎東京都知事は中国でも、日本国内の親中派の方々からも右翼だの、反中だのと悪者にされますが、もうずっと一貫しておっしゃっているのは「私は中国の文化や中国は好きです。中国共産党が大嫌いなのだ」と。この意志は日本人より中国で民主化運動をされている方々の方がお詳しいかもしれない。とても不思議なことですが重要なことでもあると思えます。また、石原都知事は「日本をチベットにしたくない」とも幾度もおっしゃっている。私も深く同意しています。

『セヴン・イヤーズ・イン・チベット』という曲について、ボウイ自身は以下のように語っています。

チベットの状況について何か発言したかったんだ。僕は19才の頃ににわか仏教徒になった。半年ほど勉強したかな。実に素晴らしいチベット人たちと知り合った。ロンドンのチベット協会でのことだ。その中の一人とは数年間付き合いを保っていた。彼の名前はチメ・ヨン・ドン・リンポチェといい、ロンドンの大英博物館の翻訳者なんだ。当時僕が非常に影響を受けていた本にハインリッヒ・ハラーというドイツ人の『チベットでの七年間』というのがあった。彼はごく初期の内に実際にチベットに行った西洋人の一人だった。この本の卓越した実在感と実に崇高な哲学は感動的だ。何年たっても忘れることのできない本だった。そこで僕は近年チベットで起こっている政治的状況に、音楽を通じて何らかの関わりを持ちたいと思った。この曲は家族を殺され、自国内で無力化させられている若いチベット人たちの絶望感や苦悩を表現している。敢えて具体性を追求しすぎないようにした。表現主義的なレベルの歌詞の方がより効果的だからだ。曲全体から漂う雰囲気を感じ取ってほしい。

デヴィッド・ボウイ

このボウイの言葉を1997年に読んだ折と今の私はとても違います。チベットに対する意識と、弾圧する側の中国共産党に対する嫌悪感という意味に於いて。私も石原都知事やデヴィッド・ボウイが問うチベットへの弾圧行為が許せない。よその国の出来事だと暢気にしてはいられない、今、日本は既に危機にさらされているのですから!経済的にダメージを受けても守るべきものは日本である。国家であり、領土であり、日本語であり、日本の文化や尊い歴史を奪われて、中国の属国などには絶対になりたくはない!という気持ちは確固たるものになっています。


上のライヴではシングル・ヴァージョン、下のライヴではアルバム・ヴァージョンでしょうか。



デヴィッド・ボウイ / セヴン・イヤーズ・イン・チベット
DAVID BOWIE / SEVEN YEARS IN TIBET
作詞・作曲:デヴィッド・ボウイ 1997年


大丈夫だろうか
君は頭を打ち抜かれた
僕は君の脳みそを抱えている
老婆が云った
そこで僕は夕暮れ空の下の物陰で
酒を飲む
何も見えない

星空が特別なものに見える
ずっと前に降ったような雪
儚い人影が
ヨガゾーンの向こうに漂っている
山に問う時が来た
なぜ豚が空を飛べるのかと
大した問題じゃないけれど・・・

僕は君を賛美しよう
何も去って行きはしない
僕は君を賛美しよう
何も去り行きはしない
僕は君を賛美しよう

seven years in tibet 7
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